国境の島で、140年。

長崎県対馬市。

日本と韓国の文化が交わるこの島で、

明治20年(1887年)から醤油を醸し続けてきた蔵があります。

昭和の初めには島内に十数軒あった醤油蔵。

今、残るのはつしま総本舗ただ一社。


この地にこだわり続けてきた理由がある。

それは、対馬の食卓には対馬の醤油が必要だという、

揺るぎない信念でした。

対馬醤油 江口株式会社

醸造の記憶。

明治から続く、

明治20年(1887年)春。

初代・江口卯吉は、対馬の厳原町にひとつの醤油蔵を開きました。

当時の対馬は、玄界灘の荒波に囲まれた辺境の島。

物資の流通は限られ、島の人々は島の中で育まれたものを食べて生きていました。

島の魚介に合う醤油を、島で作る。

それが、つしま総本舗の始まりでした。

1887年

明治20年

初代・江口卯吉が長崎県対馬市厳原町に創業。対馬の食材に合う醤油の醸造を開始。

昭和初期

島内に十数軒あった醤油蔵が次第に減少。対馬の醸造文化の担い手として存続し続ける。

現在

7代目・江口慶祐が代表を引き継ぐ。対馬唯一の醤油蔵として伝統を守りながら、現代の食卓に向けた商品展開を推進。

7代、140年。

その間に世界は大きく変わりました。

二度の大戦、高度成長、グローバル化、インターネット。

食卓の風景も、人々の暮らしも、幾度も塗り替えられてきた。

それでも、この蔵だけは変わらなかった。

対馬の地で、対馬の水で、対馬の食のために醤油を仕込み続けた。

変わらないことが、誇りでした。

なぜ、対馬の醤油は違うのか

What's the difference

国境の島の風土

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国境の島の風土

日本と韓国の文化が交差する対馬。
独特の気候と水が、どこにもない醤油の味を生む。

百四十年の伝承

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百四十年の伝承

明治20年(1887年)創業。
7代にわたって守り続けた醸造の技と誇り。

島唯一の醤油蔵

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島唯一の醤油蔵

昭和の初めには島内に十数軒あった醤油蔵。
今、残るのはつしま総本舗ただ一社。

ブランドの歴史と想いを読む

変わらないものと、変わり続けるもの。

The constant and the changing

「対馬醤油」といえば何を思い浮かべてもらえるか。

私はいつも、そのことを考えています。

創業以来、七代にわたって受け継いできたのは、レシピだけではありませんでした。

対馬の食卓に寄り添い続けるという覚悟。

この島のおいしいものを、もっと多くの人に届けたいという情熱。

そして、変わり続ける時代の中で「アクションを起こし続ける」という姿勢。

それが、私たちが先代から受け取ったものです。


パッケージも変えた。

売り方も変えた。

でも、醤油の本質は変えない。


老舗でありながら、挑戦者であり続けたい。

それが、140年目のつしま総本舗の、正直な気持ちです。

代表取締役 江口 慶祐

島の郷土料理と、
海を渡る故郷の味。

私たちの醤油は、長きにわたり対馬の豊かな郷土料理の味わいを陰ながら支え続けてきました。

島で生まれ育った方々にとって、日々の食卓を彩るこの醤油は「故郷の記憶」そのものです。

島を離れた後も、「やっぱりこの味じゃないと料理が決まらない」と、わざわざ遠方からお取り寄せくださるお客様が数多くいらっしゃいます。

時代が変わっても、誰かの帰る場所となる「島の味」を、私たちはこれからも守り続けます。

対馬の郷土料理
あおさ醤油と新しい商品づくり

国境の島から広がる、
新しい出会い。

日本と韓国の文化が交差する対馬。

近年は韓国からの観光客も多く、私たちの醤油を海を越えて持ち帰ってくださる方が増えました。

また、対馬特産の「あおさ」を贅沢に使った『あおさ醤油』など、島の魅力をもっと広く知ってもらうための新しい商品づくりにも挑戦しています。

島内の方々の食卓を守るだけでなく、海を越えた新しいお客様にも対馬のおいしさを届けていくこと。

それが、今の私たちの新しいよろこびです。

次の100年へ。

140年続いたということは、次の100年も続けなければならないということだと思っています。

そのために、時代とともに変わることを恐れない。

パッケージを新しくする。

ネットで全国、世界に届ける。

若い世代に対馬の味を知ってもらう。


守るべきものを守るために、変わり続ける。

それが、私たちの誓いです。

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